白黒うさぎの冒険譚 2

■ 旅立ち ■


白兎王国の王子は、凛々しい王様と優しい王妃様、そして、親愛なる王国民に見守られながら、すくすくと育ちました。


やがて、時を経て、少年は青年となりました。

皆とは違う、白と黒の毛色も、特に気にする事もなく(周囲が気にしていなかったのも大きな要因のひとつである)、活発で明るい、皆に好かれる王子です。


『王子様!今日は美味しいニンジンが入ったわよ!』

『ホント?じゃあ、是非ともお城に届けて!大好きなキャロットケーキを母上に作ってもらうから』


八百屋のおかみさんから声をかけられ、大きな瞳を輝かせます。


『王子!明日は剣舞大会だってな!頑張れよ!』

『ありがとう!ボク、頑張るよ!』


すれ違い様、保安官が肩を叩いて鼓舞してくれました。


白兎王国は、剣の国。

長らく平和は保たれていますが、民衆の嗜みとして、男子は必ず剣を学びます。


王子ももちろん、幼少の頃から王様に叩き込まれ、今では白兎王国随一の剣の達人と言われていました。


さて、その翌日の剣舞大会の日。


白兎王国恒例の、剣のお祭りが開催されます。

屋台や遊戯場が立ち並び、王国全体がお祭りムードに包まれているその日に、事件は起こりました。


自身が出場する剣舞は、祭りのメインイベントであり、クライマックスに行われます。

それまでの空いた時間に城下町を散策していた王子は、ふと門の側に二匹の兎影を見つけたました。


よろめく白い兎に、もう一方が肩を貸しているようです。


『大丈夫?怪我をしているの?』


慌てて駆け寄る王子に、肩を貸している兎が返事をしました。

白兎王国では珍しい茶色い毛並みの兎です。


『ああ、ちょっと具合が悪い。それに、至急話をしなければならない事があるようだ。悪いが、王様に会わせてくれないだろうか』


支えられた兎は、うなだれたまま荒い息をしています。


『先に病院には…?』

『いや、どうしても話をと言って、きかないんだ。頼む、衛兵に取り次いでくれ』

『わかった。それならボクが父上の元に案内しよう』


王子は、怪我をした兎に反対側から肩を貸すと、なるべく負担のかからないように、王様の元へと急ぐのでした。


謁見の間には、王と王妃がすでに席に着き、王子等を待っていました。

途中で出会った保安官が、先に話を通してくれていたようです。


『その者等が、私に話しをしたいと申し出ているという事だが、それは剣舞大会を中断してでも話さねばならぬ重要な事か?』


兵士が両側に並び立つ赤い絨毯の上で疲れ果てたように蹲っていた兎は、王の声を聞くや否や、ガバリと顔を上げました。


『お、王様!一大事でございます!』


その顔を見た王や王妃、そしてなにより側で心配そうに見ていた王子は、驚きのあまり飛び上がりそうになりました。


『か、顔に丸が!』


その、土埃に汚れてはいるものの白い毛色の顔の、ちょうど右目の部分には、大きな丸が書かれていました。

それに、左頬の辺りにも、バツ印が書かれています。


『…私は、国境の村に住む農夫でございます。普段と変わらぬ畑仕事をしている時に、ヤツ等は現れました。そして、ヤツ等は村人達の顔にイタズラ書きをし始めたのです』


なんということでしょう。

毛色が自慢で、何よりも誇りである白い毛に落書きなど、万死に値する悪行です。


『村人達は一人残らず落書きをされ、私は村長から王様にお知らせするようにと、命からがら逃げてまいりました。王様、お願いです。村を救ってください!』


『分かった。して、そのヤツというのは誰なのだ?』

『それは…それは、真っ黒い毛色をした…黒の民です!』


農夫はそう叫ぶと、平伏したまま動かなくなりました。

どうやら、緊張の糸が解けて気を失ってしまったようです。


『黒の民というと…遠い異国の黒兎王国の事か。しかし、彼等には今までそんな悪行を働くなどという話は聞いた事がない。一体これはどういう事か…』


王様は、長い髭を撫でながら思案しています。

王妃様も、心配そうにその様子を見ています。


『…父上、とにかく国境の村に行ってみてはどうでしょうか?事の真相を確かめるためにはそれが一番だと思います』

『うむ、そうだな。それでは、誰か…』

『ボクが行きます!』


息子の声に、王と王妃が顔を上げます。


『大切な白の民が苦しんでいるのを、見過ごす事は出来ません。自分の身は自分で守れますし、様子を見るだけなら大事無いと思います』

『しかし、お前はまだ城下町の外に出た事はないだろう』

『はい、でもいつかは出る時が来ます。それに…』


王子は、すっくと立ち上がりました。


『ボクのこの毛色には、何か大いなる意味があると、父上は仰っていました。その意味というが、今ではないかと思うのです』


王子の瞳がキラキラと輝き、その中に揺ぎ無い意思を見た王は、しばし逡巡の後、ゆっくりと頷きました。


『分かった。では息子よ、お前に任せよう』


王はそう言うと、側に仕える神官に小さく言伝をします。

やがて、神官は古めかしくも重々しい木箱に納められた、長い剣を手に戻ってきました。


『この剣は、代々我が王家に伝わる秘宝の一つ、魂の剣だ。持つ者の意思を反映して、兎を殺める事無く、善に導くという。これを持って行くがいい』

『王が諾と仰るなら、わたくしに異論はありません。ただ、母として、必ず無事に戻ると、約束してください』

『はい、必ず』


王の傍らで瞳を潤ませながらも優しく微笑む王妃に、王子は力強く頷きました。


『オレが、ついていってやってもいいぜ』


不意に、それまで黙っていた、農夫をここまで連れてきた茶色い兎がそう言いました。


『君は、その村の住人なのかい?』

『いや、オレは、武者修行の旅をしている兎。たまたま立ち寄った村が大変な事になっていて、見かけたあの男に肩を貸したのさ。村までの道程ならオレが知っている。それに、世界中を旅してきたオレだ。世間知らずの王子様の心強い護衛になるぜ』

『しかし、巻き込む訳には…』

『腕っぷしには自信がある。こう見えて、カンガルーの国の武闘大会で優勝した事があるんだぜ』


武闘家兎と呼んでもらってもいいと嘯きながら、握った拳を突き上げ、ニッカリと不敵な笑みを浮かべました。


『では、そなたに、王子の供を頼めるか』

『おう、大船に乗ったつもりで任せな』


野原に映える茶色い毛色武闘家兎は、王様にも臆する事無く大きく頷き、側にいた王子の背中をバンバン叩きました。

少々咽ながらも、王子は歓迎の意を示し、握手を求めます。


『ありがとう。それでは一緒に行ってくれるかい。えーと…』

『オレの名前は、【ブロッサム】。よろしくな、アッシュ。』

『よろしく、ブロッサム。』


こうして、王子アッシュと武闘家ブロッサムの、この後、ウサギの国全土をも震撼させる大事件への、長い旅が幕開けたのでした。


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